[chapter1:平凡なヤンデレ少年とヒロインな彼女]


「……なんで、お前なんだ。なんで、なんで……!」
 彼はやるせない怒りと苦しみで、どうにも疲れ切ってしまったらしかった。
 彼はいつも、明るく前だけを向いている、そんな少年だった。短く切った茶色の髪がくるくるしていて、小鹿みたいな大きな瞳も柔らかい色をしている。彼の兄とよく似た、緑に茶色を混ぜ込んだような優しい目で、ときどき、彼女をひどく強く睨んできた。
「……なに、怯えた顔してんの? そうやって、誑かしてたんだろ。みんな、みんな……。顔が可愛いと、得だよなぁ? 面白いだろ、どいつもこいつも、お前に狂っていくんだから……」
 彼女は反論しない。できなかった。もがいても暴れても力の差は歴然で、あっという間に取り押さえられてしまう。唇に噛まされた布が、彼女の言葉をただの動物的な唸り声のようなものにしてしまった。そうしていると、本当に愛玩動物か何かのようで、嫌がる仕草も怯える様も、それ自体が一種のショーのように思え、彼もさして罪悪感など感じることもなく興じられた。
「……なんでなんだ。お前なんて、消えてなくなればいいんだ。俺から、全部、奪ったんだから……」
 彼はずっと独り言を口にしていた。濃く滲んだ疲労の色と、乾いた憎しみが、ずっと彼の心を蝕んできた。きっと、明日になればまた、どこにでもいる普通の少年に戻るのだろう。ふとした時に浮かぶ狂気が深すぎて、彼自身ですら乖離を起こしていると気付くことはないのかもしれない。
「俺が……お前に、どれだけの物を奪われてきたか! 考えもしなかっただろ? せめて今、よぉーく……反省、してみなよ……ほら、ほら!」
 ここはどこなんだろう、家に帰りたい。帰りたい。帰りたい。そう思う彼女の瞳も虚ろだった。いささか刺激的すぎる遊戯は、やがて彼ら二人が共に記憶の底へ封じてしまうことで、知る者のない秘密の一幕になる。


[chapter2:コレクター青年と人形少女]

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 大きな手の平が戯れに肌を撫でる。蒼く上薬を刷かれた白磁の人形が震えて、「やめて……」とだけ小さく言った。
 男は唇の端に笑みを浮かべ、自分のために誂えられた少女人形をうっとりと眺めた。上等の絹糸の髪は長く黒く、指で梳けば官能的な肌触りが余韻に残る。白百合の頬から流れ落ちる涙、水滴を含んだ黒い眸、全てが完璧だった。
「今日は、何をして遊ぼうか。可愛いお人形さん、泣いてばかりいるとウサギさんになっちゃうよ? ……ほら、ちゃんと咥えて? 可愛い子ウサギさん」
 頬に唇寄せて、甘く囁く。一方通行の睦言は、大きな白い鳥籠を設えたこの部屋と、いかにも似つかわしく聞こえ、二人の間にある影の色を一層濃くする。
 羽毛で優しく撫でられるように、緩やかに力を失くしていく、彼の人形。従順な素振りで隙を窺うなど、とうに意味を成さない。自分は彼の人形、と少女は力なく思う。
「ちゃんとしたら、ご褒美、くれる?」
 人形が言葉を発する。甘えと媚びと、従順さに満ちた子供のような声。
「……いい子だな。こっちにおいで、――……」
 幼子を相手にするような口ぶりに、そういえば、自分はそんな名前だったような気がする、と少女は思った。


[chapter3:百合色の王子様と王女様]

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「もう、黙って見ていられません」と女が言った。
 女は少女と呼ばれる年頃だったが、既に女と呼ばざるを得ない雰囲気を持っていた。もう一方の乙女は、いかにも頼りなげで儚げで、白く脆い肢体を必死に支えているような、少女然とした風情だった。
「……まだ、わからないですよ。私、よく覚えていないんだもの……夢だったのかも、しれないし」
 不安げに表情を曇らせる、白い指先が震えて色を失くしていた。この際立って美しい乙女は、いつも、さも当然のように不幸を受け入れる。内気で控え目、楚々とした彼女には、幸も不幸もさして変わらない。鬱陶しくも捧げられる無数の愛にも、いつも戸惑う。生まれ持った器量に反し度量がなく、気が小さくて、優しい娘だった。
 そんな貴女だから惹かれた、と女は思う。
「私は、貴女を不安にさせた、それだけでも赦せない」
 女はきつく睨んだ、愛する乙女の心を苛む、姿なき男達を。女の激昂の意中を悟れず、乙女は怯えたように一歩退いた。今だ、と女が有無を言わさず乙女の手をとった。困惑した顔すらも、絵画のような想い人。
「ねえ、私……貴女を護ると誓います。誰より強い、素敵な女の人になってみせる。だから――」
 乙女の小さな手を握り、手折やかなその身を抱き寄せ、囁く。
「……私じゃ、駄目なんですか……?」
 小さな乙女は女の腕の中で、嫌がるでもなくじっとしていた。抜けるような頬の色がわずかに上気し、うつむけた唇が震えている。そうしていると、上背のある女と華奢な乙女は、似合いの恋人同士のように見えた。


                       Fin.





 私自身は誰得なのかと甚だ疑問で不安だったのですが、悪ノリの方向性に合わせて、文体とか文章のテンションなんかを無難な感じにしたのがよかったのか、案外(主に女性から?)好評だったようです。しかしテンション低い文って思うように筆が乗らなくて結構大変だった気がします。無難は無難なんですけども。いつもアホなキャラが予想以上にキチった面を見せてくれて、悪ふざけイエーイ!とはノリノリで思っていました。